Kenji Takahashi 高橋憲司

2014

 




略歴

 1985年 北海道大学工学部合成化学工学科(化学反応装置講座(遠藤研)) 卒業

 学生時代を過ごした「合成化学工学科」は,物理化学,有機化学,高分子化学,単位操作,反応工学,材料化学,分析化学など広い範囲の学問分野をカバーするカリキュラムの学科でした。今から振り返ると,日本を代表する有名な教授陣による授業を受けていたのですが,その頃はそんな事とは全く知りませんでした。これら多くの分野を学生時代に学んだ事が,現在の研究にも生かされています。いろいろな本を乱読した4年間でした。また,北大には学生にとても親切な先生方が沢山いました。特に,私がいた研究室には様々な学科の先生方が出入りし,夕方にはジンギスカン鍋を囲んで飲み会があり,議論をして頂きました。貴重な体験でした。研究室の遠藤一夫教授(恩師です)による長年の交友の蓄積によるものだろうと思います。周囲のスタッフ(助教授,助手)も,とても協力的でした。このような研究室を築くことが私の夢です。

 恩師である遠藤一夫教授は,東工大の大山義年先生の研究室出身です。とても個性的で学生を大切にしてくれる先生でしたが,一方で人の好き嫌いがはっきりした先生でした。 遠藤先生は,撹拌が専門でした。コルモゴロフの乱流理論(渦の大きさと流体のエネルギー散逸の関係)を撹拌槽内での流体のエネルギー消費つまり撹拌動力へ結びつけた研究を行っています。学部生の頃はそんな事は全く理解できませんでしたが,博士課程へ進学して遠藤先生の論文を読んで,その画期的なアイデアに感服しました。乱流理論というきわめて物理学的な側面が強い考え方を,撹拌という次元の異なる工学分野へつなげるという考え方は,相当なるセンスがないとできない仕事と感じたからです。また,当時の海外の論文を得る事が難しい事情を考えると,どのようにしてそのような乱流理論の情報を得たのか不思議です。学会でこの成果を発表した後,東大の西村肇先生が「遠藤さん,どうしてそのような乱流理論を知っているのですか」と訪ねてきたそうです。西村肇先生は,専門は化学プロセス工学なのでしょうが,私が知っている西村先生は「コンピューターはいい化学者ーコンピューター化学入門」の著者です。この本はいまでも私の部屋の本棚にあります。

 遠藤研出身としては,現在福井大学教授である櫻井明彦君が研究室の後輩にあたります。私自身についても言えますが,まさか櫻井君が教授になるとは学生の頃には思ってもいませんでした。

ちなみに,ノーベル化学賞を受賞した鈴木章先生は「合成化学工学科」の教授でしたが,私が専門へ移行した頃にはとなりの「応用化学科」へ移られていて,授業をうける機会がありませんでした。残念!!


1985年4月北海道大学大学院工学研究科合成化学工学専攻修士課程 入学

 大学院では自分の好きな事が少し分って来た時代だろうと思います。この頃に,学部時代の勉強不足を身にしみて感じました。そこで学部時代の教科書を徹底的に読み直しました。特にムーアの物理化学の教科書やファインマンの物理学などの本を徹底的に精読しました。著者の細かな意図が次第に分かるようになりました。これが大切である,と今では感じています。しかし,フィーザーの有機化学だけは本棚に置かれたままでした。

 修士になると,研究テーマは自分で考えなければなりませんでした!!今では,先生が「このテーマはどうですか?」と提示いしてくれるのでしょうが,全く異なりました。B. Birdによる「Transport Phenomena」がバイブルでした。

北大近辺には居酒屋がたくさんあり,ほぼ毎日のように飲みに出かけて議論をしていました。18条近辺の「おしどり」「みねちゃん」「つくしんぼう」,13条近辺の「弁財船」,正門前の「チロル」。大変お世話になりました。お金のない学生に随分と安く飲ませて頂きました。

恩師である遠藤先生には,何故か随分と飲み会へ連れて行って頂きました。3,4名での飲み会の事が多いのですが。今から振り返ると,おそらく,そのような場での教育ということだったのだろうと思います。多いに感化されました。そこで紹介頂いたのは,会社の社長の時もあったし,電通の広報やカメラマンの事もあったし,岩波の編集者のこともあったし,様々な人と廻り逢わせて頂きました。

1987年4月北海道大学大学院工学研究科合成化学工学専攻博士課程 入学

 まさか,博士へ進学するとは自分でも思ってもいませんでした。しかし,指導教員の遠藤教授にも感化されて博士への進学を決めました。本当は修士の時に会社が内定していました。会社の人事担当の方へはご迷惑をおかけし本当にすいませんでした。しかし,博士へ進学したことにより,飛躍的に充実した日々となりました。決断が大切です。また,今から思い返すと,現在のように多くの海外の研究者と親交を深めれるようになったのは,博士へ進学した事が大きな要因です。

このころ,片山明石教授に出会いました。片山先生は,北大理学部の堀内寿郎研究室出身で,日本で初めてパルスラジオリシスという方法で化学反応の実時間観測を成功させた研究者です。縁があって,博士修了後は片山研究室で助手を努める事になります。初めは相当苦労しましたが,今から考えると正解でした。特に研究指導は受けませんでしたが,北大正門のチロルへは良く飲みに出かけました。そこで,恩師である遠藤先生も交えて,3人でよく飲みました。

1989年3月北海道大学大学院工学研究科合成化学工学専攻博士後期課程 退学

1990年10月北海道大学大学工学部 助手

 この頃に,化学工学を越える研究スタイルにこだわり始めたのだろうと思います。また,研究論文を書き続ける事の大切さを感じました。Publish or Perishということです。周りには,年を取られてもまだ助手の方が何名かいました。さまざまな要因があるのでしょうが,難しい問題です。


 2003年2月金沢大学工学部 助教授

 2004年4月金沢大学大学院自然科学研究科 助教授

 2008年4月金沢大学理工研究域自然システム学系 准教授

   2012年11月金沢大学理工研究域自然システム学系 教授


この間

 1997年4月米国アルゴンヌ国立研究所 研究員を兼任(2001年9月まで)

アルゴンヌではCharles D. Jonah博士,David Bartels博士とともに超臨界二酸化炭素や超臨界水中での反応ダイナミクスの研究を行いました。日本から自作の高圧セルやポンプを持ち込んで実験をしました。ChukcとDaveからは一言で言えないくらいの様々なことを学びました。また,ここで,海外の方々と多く知り合うことができました。ペンシルバニア州立大学のMark Maroncelliなどもそのひとりです。また,ゴードン会議へ参加する機会も増えて,飛躍的に海外の友人が増えました。これまでの研究経験が純国産とすると,ようやく世界での活躍の足場を作れたという感じです。